「ただいまー……って、帰ってないか」
市場で軽い買い物をしたイアニスは、空っぽの家の中を見渡して白衣を椅子の背もたれにかけた。木材と、何らかの石材で作られた箱の中に野菜と果物類、それから下の引き出しには肉類を突っ込む。
兄の護衛の仕事はこの間終わったところだし、代理人の仕事も確かひとつこなしていた。その報酬を取りに向かったり、次の依頼の目星を付けたりだのあるだろうが、多分そう遅くはならないはずだ。兄――ヴラシスがいない間は自分の食事を疎かにしがちだが、彼がいる時は別である。料理ができるわけではないが、少なくとも栄養を考える頭はあった。
窓の外を見れば、夕刻一歩手前の明るさで日が傾ききるにはまだ時間がかかりそうだ。それなら、とイアニスは自室へと足を向ける。
「えーっと……あれか、魔力タンクの方の、容量拡大……」
表では木でできていたはずの扉を開いたその先は、自室兼、個人研究室となっている空間が広がっている。とはいえ決して広い室内ではなく、小屋と言って差し支えのない家相応の広さだ。
ただ、その壁や床、天井は金属のようなもので覆われており、イアニスがその一部を叩くと四角く切り出された引き出しが出てくる。この世界ではまだ普及しきっていない貴金属や自身が作り上げた機器や道具類、魔石がこれでもかとごちゃごちゃに詰まっていた。
「あれ以上にってなると、もうちょいスペック上げた魔石が必要なんだけどな……うーん」
そこからいくつか、色とりどりの魔石を取り出しながら椅子を呼ぶ。ホログラムのように半透明の、球体の底を切り出したかのような椅子は一体何の素材で作られているのか、この世界で理解できる者はきっといないだろう。浮いているそれに飛び乗って座り、片手にいくつかの魔石を持ったまま机へすぃ、と向かった。
――イアニスが生まれ育った世界では、非常に魔道化学・科学が発展していた。魔力をあまり持たず、そこまで身体も強くない代わりに生まれ故郷でも卓越した頭脳を持っていた彼は、元々国が保有する軍の研究部に所属していた。
往々にして、軍というものは大抵がその国の最先端の技術を握る事になる。環境もある意味で良く整ったその場所で、イアニスはかなりの技術力と知識力を伸ばしたものだ。
「流石、自然界に魔力が豊富なだけあって、質は良いんだよね」
それも人間が搾取していない状態だ。至る所に純粋に魔力のみで構成された精霊、妖精が存在し、同時に自然界を豊かにしてくれる上にうまいこと現状とバランスが取れている。加えて、基本的にこの世界の人間はそういった類の種族が見えない。だから捕まえてどうにかしてやろう、なんて輩が出る事もない。
「ある程度感じることができる程度で良かったよ、ほんと。このバランスが続けば良いんだけどなー」
ぼやきながら透明な瓶の中にいくつもの魔石を突っ込み、熱を持った細いブレードがいくつも付いた棒を差し入れてスイッチを入れる。熱で溶かされながら削られる魔石の音を聞きながら、机の引き出しを開けて”溶接材”の入ったチューブを取り出した。
この世界の魔力には、数種類の性質がある。属性に近いものだが、言わゆる性質が違い物同士は引き合うので、それを利用した溶接材だった。異なる性質の魔力になったものを、再び凝固させるためのものだ。
「ただいま」
「!」

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