と、イアニスがとろとろになった魔力と溶接材を型に流し込んだ所で、兄の声が聞こえた。どんなに集中していても、イアニスはヴラシスの声を聞き逃す事はない。一旦作業を中断して、椅子から飛び降りると軽い足取りで部屋を出た。
「おかえり兄さん!何か依頼出てた?」
出迎えたイアニスの表情は、同僚に対するぶっきらぼうなそれとは全く別で、満面の笑顔を咲かせている。
「あぁ、……ただ次はちょっと遠出になると思う。向こうさんにも準備があるから、まあ出立には時間があるが」
「えー。そっかぁ……あ、じゃあそれまでにはバングル、改良しといた方が良いよね」
「……あー。頼む」
肩程まである濃い紫の髪を解いて、兄であるヴラシスはわしわしと後ろ頭を掻いた。それからそこそこの分厚さがある封筒を開き、何枚かの札を取って後ろポケットに入れていた財布へ納める。残りの束も、いくつかの布の袋へ分けて入れていった。
「兄さん、ちょっとバングル見せて貰っても良い?」
落ち着いた頃に、改めてイアニスが申し入れる。兄は頷き、銀のバングルを右手首から外すとそれを手渡す。受け取ったイアニスは、バングルに付いている小さな赤い魔石を指先で撫でて、目を細めた。
この魔石は小さいが、質は良い。見た目以上の出力を持っていて、故に兄の膨大な魔力を相応に吸い取り溜めておける。一定時間で吸収しては、時間をかけてじわじわと外へ放出する仕組みだ。
このいわゆる魔力タンクの大きさ分、一気に吸い出している訳で、以前は今の魔石で十分だったのだけれど。
「ちょっとヒビ入ってそう。早めに次、仕上げちゃうね。とりあえず応急措置だけはしとくけど……」
「あぁ、分かった。いつも助かる」
「どういたしまして!兄さんの役に立ててるなら嬉しいよ、僕」
えへへ、と無邪気な子供のように頬を綻ばせた。一旦自室に入って、先ほどの砕いた魔石と溶接材を混ぜた液体を軽く既存の魔石に塗った。まだ完全に凝固するには時間がかかる。応急措置、なので塗った部分に薄いガラスのような、プラスチックのような素材でできたレンズを合わせて接着した。
そうしてすぐに部屋を出ると、預かったバングルを兄へ返す。
「……あのさ、兄さん」
「ん?」
「最近なんか、こう……おかしかったり、してない?」
ヴラシスは瞬きを落とし、銀色の瞳が弟を少し不思議そうに見やる。イアニスは口元に手を当てて、うーん、と小さく唸った。
「魔力量が増えていってる、のも気になるんだけど……なんか変な濃度を持ってるっていうか……。体調に何か、不都合出てたりしないかな……って……」
ちら、と兄へ視線を一寸向けたが、それが絡む事はなかった。目を逸らされている。
「……体調に問題はない。そこは安心してくれ」
「……、それなら良いんだけどさぁ」
ぽん、と頭に大きな手のひらが乗せられた。わしわしと撫でまわされて、柔らかい髪が少し乱れる。若干、納得のいかなさはあるが、兄の口は硬い。むぅ、と唇を尖らせる。
どちらにせよ、自分が踏み込んだ所でヴラシスは答えてはくれないだろう。納得のいかなさや、不満はあれど詰め寄るだけの材料は用意しないと硬い口は開かない。大好きな兄のことだ、イアニスは良く理解していた。
ふう、と軽くため息をついてから冷蔵庫として機能している箱を開ける。
「とりあえず、ごはんにしよ。帰りにちょっと買い物してきたから材料あるよ」
「じゃあそうするか。ところでイアニス、俺の留守中の飯はどうしてた」
「……ちゃんと食べてたよ」
「…………」
頭を再び撫でまわされる――が、今度はわし掴んでのぐりぐりと強めの撫で方だ。
「兄さんだって食事疎かにしがちなくせに!」
「お前は身体も弱いんだから、俺とお前じゃ別だ」
「ずるい!でも食べてたもん!」
「あのクソまずいブロックだろ、どうせ」
う、と言葉に詰まる。兄の言うクソまずいブロックとは、1回の食事に必要な栄養素をとにかく全部まとめてコンパクトなサイコロ状にした何かだ。開発はイアニスである。ぱさぱさのぼそぼそな上に、灰色と暗い茶色が混ざったような色合いで見てくれ通りに、まずい。
一応はちゃんとこれで栄養は整うはずなのだが、どうにも体調を崩す事がそれでも多いので兄はブロックを食べる事に難色を示している。イアニス自身の計算では、本当にちゃんと、しっかり賄えているはずなのだけれど。
「とりあえず、俺がいる間は飯を食わせるからな」
「兄さんだって、一人の時はまともなご飯食べてないでしょ。必要な栄養素摂ってるだけ僕のがマシ」
「俺は頑丈だから、良い」
「屁理屈!」
そんなやりとりをしながら、兄弟二人で台所に立つ。そうして、やや不規則なリズムでまな板を叩く音が響いていた。

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