とあるアンドロイド達の変化とその顛末 - 2/4

違和感を覚えたのは、はて、いつの事だったか。本やノート、原稿用紙に、それから幾ばくかの機械系統が置かれている机の前、スヴェンは深く椅子に座り、顎に手を当てて思案していた。

ゴブリンの討伐依頼の時だったか、幽霊船での激闘の時だったか、はたまた。まだまだ駆け出しの自分達は、ひとつひとつの戦闘に危険が伴い下手すれば命を失いかねない。連携すらまだぎこちない中、それでも着実に強くはなっているだろうけれど。
――が、今思案している事の問題は自分達の冒険者としての力量ではなく、灯銀の翼一員である同類(アンドロイド)の彼についてだ。

戦闘のあった依頼での出来事、会話、そういったものの一部がすっぽり抜けている事がある。それも彼……レイワーズが酷く損傷した時の依頼で。後々話題に出した内容へ解せない反応をされる。

とにかく会話が妙に噛み合わないのだ。あの時はこう言った、あの時はこうだった、あの時はこんな風だった。もちろん会話がスムーズに行く方が多いけれど、たまに「そうだったっけ?」「何言ってんだ」と返される。その度にスヴェンの胸にはどうにももやりとしたものが広がった。

まぁ、そこまで深く考えなくても推測は簡単だ。レイワーズが重傷を負う度に、記憶が零れ落ちるのだ。それは些細な事かもしれない。今のところ大事な事は抜け落ちていないように思えるが、いつそういったものが零れ落ちるか、いつ、もっと広い範囲の記憶が落ちるか。
あるいは、ひょっとして、何かの衝撃で全て無くしてしまうか。スヴェンはそういった事まで考えて、ため息――実際に息を吐くわけではないが――のようなものをつく。

冒険者として支障が出ているほどではない。だが、話した事を、過ごした時を、何かと突っかかりはするけれど積み重ねている時間や出来事を忘れられるのは正直堪えるものがあった。
最初はそこまで気にしなかった。むしろどこか”人のように”忘れる事ができる、と考えると少しばかりの羨ましさもあった。アンドロイドでありながら、人に憧れ、そうなりたい夢を持っているものだから。

「……そうも言っていられない、というか」

室内に、ぽつりと呟きが落ちる。そうも言っていられない、というよりも自分がそれを良しとしない方へと考え方が変わっていった。
端的に言ってしまえば、そう、嫌なのだ。記憶を零していて、零したことすら認知してないでいて、じりじりと鬱屈としたものが胸に広がっていく。そもそも記憶をなくしてしまえば、それは無かったことになっているようで。自分は覚えているのに。

記憶は、記録は、スヴェンにとっては酷く大切と思えるものだ。心の中で生きている、なんて月次な言葉ではあるけれど、それが好きな言葉でもあった。
かつての主を思い出す。仕えていた主を、一家を。ずっとスヴェンの中心にある、自分が仕えていた家族を。
生死不明としているが、本当は分かっている。きっともう彼らはこの世にいない。だが過ごしてきた時間は暖かくて、幸せで、全てを覚えているからこそ彼らが在ったのだと実感している。だから”覚えている”という記録は、ある種人にとってのそれよりもスヴェンにとっては重いもの。

カタ、と机の引き出しを開けた。手のひらに収まる程の薄い板がひとつひとつケースに入れられて数個分重ねられている。様々な種のロボットやアンドロイドに対応している筈の、汎用性の高い記録媒体。
貴重品であるそれを手に取って、人間であれば耳がある場所に収められている接続端子を引っ張り出し、中身が空っぽの媒体に挿し込んだ。

キュル、という少し高い音。人ではあり得ない色と模様のある瞳がヴン、と淡く光る。時折何かを引っ掻くようなカリカリという音も混ざる中、灯銀の翼として活動し始めてからの記録を媒体へと複製していく。
記録の再生、複製、焼き込み。それらを繰り返しながら、ずっと無表情だったスヴェンはふっと笑みを零した。
回路を伝って高速再生される記録は、自分の主観だったものを今度は俯瞰して”視る”ことになる。その中で、回路上の”映像”の傾向が変化していくのを自身が知覚して思わず笑ってしまったのだ。

「全く。良くもまぁ、こんなに分かりやすく」

確かに、彼との関わりは多い方だ。そのほとんどがちょっとした言い合いだとか、突っかかり合いだとか、たまに本気でいがみ合っているようなものもあるけれど。だからと言ってこんなにレイワーズを視界に映しているとは、考えもしなかった。話していない時の自分の視界に、こんなにレイワーズが入ってきているとは。

最初の頃はそうでもなかったのに、直近の”映像”では良く彼を見ている。

さて。記録を複製した理由は、これを使う事で、媒体を彼に繋いでもらう事で記録の、記憶の補完ができればと思った故だ。何かと反発し合う相手ではあるので、素直に受け取ってもらえるかすら怪しい所ではあったし、自分もぶっきらぼうに渡すことになるだろうなとは考えていたが、これを渡すとなれば少々気恥ずかしさに似た気まずさを覚える。

――まるで恋をした人間のように、彼の事を視線で追っているだなんて。

複製を終えた媒体を眺めながら、どうしようか、と思案する。まずはこれを渡すことにそれなりの勇気がいる。次に素直に受け取って貰えるかという問題もある。そもそも自分がちゃんと理由を語った上で渡せるか、という所からだ。大抵喧嘩腰になりがちな相手へ、それは難しい事のように思えた。

「……ルヨさんにでも、頼めばまだマシですかね」

彼女は子供だ。媒体にどうしてこれを作ったのか、渡すのかの理由を綴った手紙でも添えて、彼女経由で渡してもらうのはどうだろうか。
それならば喧嘩をすることもないだろうし、理由も伝わるし、子供相手だ。邪険にすることもないだろう。というよりも、彼が喧嘩を吹っ掛けるのは自分だけではあるのだが。それもどうしてそうなっているかもスヴェンには分からない。

話しているとイライラしているようにも見えるので、自分の何かが彼にとっては気に食わないのだろう。
ともあれまずは――これを渡せる日が来るのか、ということ。もしかしたら踏ん切りがつかないまま、媒体の枚数だけ増えていくかもしれない。渡せれば良し、使うかどうかは彼次第。いつか自分が壊れる日まで渡せなくても、部屋の整理のためにここへ訪れる人がいればいずれバレることだ。
もっとも早めに渡せればそれに越したことはないけれど。

元々入っていた引き出しとはまた別の場所へ板をしまい込み、明日に備えて準備をする。自分達は駆け出し冒険者で、大した依頼は受けられない。だが、大した依頼でなくても何があるかはわからない。だからこそ、準備は入念に。
稼働するに当たって迷惑をかけない程度の己のメンテナンスも軽くこなし、スヴェンはゆっくりと、休眠状態へと移行した。

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