気が付けば手に入れたものは、気が付けばなくなっているかもしれない。世界に永遠などひとつもないから、この関係性もいつかは終わりが来るものだ。この考えは今までにも存在していた。
ならば灯銀の翼がなくなった場合、自分に何が残るのか。皆に残っていて自分に残らないものは何なのか。そういった考えが機械仕掛けの思考回路に現れ始めたのはいつからだっただろう。レイワーズは一人、仲間の天使を伝手として送られてきた記憶媒体をコードで繋ぎ、内部の記録を椅子に座って呆然と眺めながら考えていた。
答えは出なかった。その思考がいつから現れたかすら、知らぬ間に欠け落ちて覚えてはいなかった。欠陥のある記録装置に残されていたのは、そういうことを今考えているという結果だけだった。
記憶が欠落している事実を認識してはいた。しかしそれが何なのかと、見て見ぬふりをしていた節はある。何故かと言われればこう答えただろう。”俺達とはそういうものなのだ”と。
この記憶媒体を間接的に渡してきた馬鹿野郎──スヴェンはまた違うのだろうが、少なくとも俺は昔っからそうだったし現在では尚更そうである。スヴェンは個人の傍で生きてきた、従者や執事というのが正しい存在だろう。
俺は違う。俺は確かに人間に近くあれとして生まれたらしいが、特定の個人の為に人に近くあれとは求められていなかった。謂わば公共の共有物、道具や玩具と言うと聞こえが悪くなるので丁寧な呼び名を考えるとすれば、皆が使えるアプリケーションだとか?それはそれで聞こえは悪いかもしれないけれど。
兎に角俺は、別に記憶が多少欠けようとも問題のない存在だった。今の所有先であるディゴターニアという都市にとってはよりそんな側面が強く、管理面に問題がないのならそれで良しとされてしまう部分は多い。
俺の担当者は何となく気づいているようだけど、俺は別に道具だとしても俺のやりたいことが出来るんだったらそれでいいから知らないふりをしていた。
知らない会話、知らない光景、知らないやり取り。アイツの見た景色なのだから自分がいない時の様子なんかも含まれていてそりゃ知らないのも当たり前な記録もあったが、明らかに自分との会話なのに自分にはさっぱり覚えがないものも多い。
最初こそ何の感慨もなく、いつの間にやらこんなに忘れていたのかとそのまんまな感想を抱きながらじっと瞼の裏に映るそれを見ていた。
しかし途中からふつふつと、思考回路に染みつき始めているアレが、光景に引っ張られるようにして浮かび始める。最初の方から見始めて直近に向かうほど、これを送り付けてきやがった馬鹿野郎が自分を見る回数が増えているのが理解できていくほど、レイワーズは手元にあった読んでもいない手紙を強くぐしゃぐしゃに握り締める。
どんな気持ちでこんなものを送り付けてきやがったのかと苛立ちと同時に、そりゃあそうもなるだろうと宥める心の中の自分。いくらこの記録媒体と手紙に腹を立てたとしても仕方がないのだ。どれだけお前が俺を見ようとも、お前は真の意味で俺を見ていないなどと、一度も口にしたことなんてないのだから。
“俺には特別が存在しないから、ここがなくなったらきっとひとりだ”。
そんな思考が染みつき始めたのがいつだったかは、やはりどうしようにも思い出せはしない。
見つめ合う恋人同士や、帰る場所や想いを寄せる拠り所を持つ者を見てはそう思うのだから、きっとその辺りのどれかなんだろうけれど。いつだったかは分からない、コイツが知る由もないのだから手がかりも此処にはない。
しかし公共の所有物として生きてきた今までは存在しなかったそれが、灯銀の翼に入ってから現れ始めたのは間違いないだろう。
多分アイツはただの善意か何かで送り付けてきやがったのは想像に難くなかった。レイワーズはスヴェンの顔を思い浮かべて、椅子に沈むように脱力する。瞼の裏には未だ自分が映っていて、余計にどうしようもない想いがぐるぐると胸中を回った。
それを相手にこんな形で差し出したりするつもりは毛頭ないしそんな必要性もスヴェンにはないだろうが、自分だって彼のことをよく見つめている自覚は間違いなくあった。
共にいると言いようのない何かが湧き出てきて喧嘩を売るような行動をしてしまうし、実際アイツの物言いにうざったく感じることはあるのだが、本気で嫌だったら此処にいないどころか共になんか過ごさないだろう。口でどうこう言うわりに、共に行動することが多いことだって分かっていた。
そこまでだったらアイツと一緒だっただろう。だけど此方はそれに気付く度に、アイツには昔存在していたらしい大切な主とやらに思考を中断させられた。その度に思わされたのだ、誰でもないあの馬鹿野郎に。俺は一人なのだと思わされたのだ。今もまた。
いつの間にか手の内にあった手紙の形はすっかり崩れて、アイツの丁寧さを想起させる綺麗な封筒ごと無残な姿に変わり果てていた。それでも同情する気も何も起きず、鼻っからなかった読む気も変わらぬままだった。
アイツがどれだけ俺のことを考えて行動しようと、俺は二番目だ。
そう思える根拠を俺だけは知っている。こんなことだったら人間であれば、如何にかなっただろうかと思うほどには悩みの種であることを、きっとアイツは知らない。
一通りを見終え、映像と思考の海から戻ってきて目をゆっくりと開く。どれだけ一喜一憂してムカついて苦しんでも現実は変わらぬ様子で、日の光に照らされた空っぽの部屋が目の前にあるばかり。取り敢えずコードを引き抜き、記憶媒体と共に荷物袋にしまっておく。そこにしか入れられるような場所がない。ぼろぼろの手紙はそのまま一度も使っていなかったゴミ箱へ。
そのまま立ち上がって部屋を出れば、行先はひとつしかない。こんなやり方をしてくる張本人のいる扉をノックもせずに蹴破ってやる。どんな顔をしようが此方が文句を言われる筋合いはないだろう、そういう顔をして勝手に扉を閉じて部屋に入っていく。
そして”俺”は言ってやるのだ。直接それを差し出すことから、どういう意図と形であろうと逃げたお前に。

