とあるアンドロイド達の変化とその顛末 - 4/4

何が起こったのか、分からなかった。

「ぁ、 っ゛」

今明確に思い出せるのは、急に部屋の扉を強く蹴破られた音、乱暴にそれが閉められた音。そう、それから、今目の前にいる男の声。さて、何と言っていたのだったか。何と、言われたのだったか。
記憶、記録とその再生と、そんなに難しいことではないはずなのに、彼の”情報”を今ひたすら押し込まれて流し込まれて、”思い出す”ことがうまくできない。

彼の苛立ちのようなものだったりとか、今まで言葉でも態度でも伝えられて来なかったようなものだとか、何に悩んでいるのだとか、そうして自分へ向けられているようなものだとか。枚挙に暇がない。
苛立ち以外の”感情”だって押し込んできていて、それだけではなく差し込まれたプラグとコードのせいで己もまた暴かれているのが分かる。長らく深いメンテナンスをせず、余りに無防備であったセキュリティ状態は簡単にこうして互いを繋ぎ、暴き、暴かれていく。

「レイ、ワーズ……!」

性能と手入れがされているか否かの状態だけで見れば、遥かに新しい型であるだろう相手のすることに回路が微かに悲鳴を上げて、名を呼ぶその声にはやや電子音が混ざった。こんな風に無理やり繋げられての乱暴な情報のやり取りは初めてで、見上げた先、レイワーズが一体どんな目をして、どんな顔をして自分を見下ろしているかすら正確に認識できずにいる。

だが瞼を落とし、この状況に順応を少しずつでもしていく身体と思考回路でどうにか”今”を繋ぎ合わせていく。呼吸は必要のない身体でも、息を吐く出すような動きをしたのは無意識の人間の真似事か。

互いが丸裸になっていく。隠せるものは何もなくて、今まで伝わることのなかったものも互いに知って、回路上の情報のやりとりは神経を直接撫ぜるような感覚になる。
人で言うならば、ぞくりと背筋が、肌が粟立つような。奇妙な陶酔感のような。――レイワーズの手指が自らの身体をなぞり始めたことに気づいたのは、それからまた暫く後のことだった。

 

「何も伝えてないのは貴方もでしょう」

翌日。結局一晩をスヴェンの部屋で過ごしたレイワーズに、ため息のような仕草と共にそんな声をかける。乱れた髪を整えて、かっちりと服も整えて、モノクルをかけたスヴェンは彼に少しばかり非難を込めた視線を向けた。
眉をしかめられたが、いかんせん、普段からあんな喧嘩腰のような態度で一切を何も言っていないのは彼だって同じだろうと考えた。

大事なことを直接、どころか引っかかりすらこちらが覚えない程に態度にも出てなかったのだから。

「今言いに来たんだから良いだろ」
「私が渡さなかったら言わないままだったでしょう?」
「伝える気がそもそもなかったんだからお前とはちげーだろ」

そんなやりとりをして、そっぽを向いた彼に、けれどスヴェンは視線を逸らすことはなかった。へぇ、とだけ呟いて、少しばかりの思案の間。

勝手に決めつけて諦めて。自分のことをまともに話そうとも、知ってもらおうともせずにいて。最初からその選択を打ち消しといて。
結局はその程度で、或いはちゃんと話して考えればあるかもしれない自分のとの未来を、将来を捨ててるのはどっちなのか――なんて、そこまで考えて少し目を伏せた。こんなことを考える、というのはつまる所、自分が彼と共にある未来を望んでいるということだ。

「……俺とは違う奴のことを想ってる相手に、どう伝えりゃ良いってんだよ……」

顔に出ていたか、無意識に声に出していたか。重苦しさの滲む声色で告げたレイワーズの言葉に、一拍を置いて口を開く。

「それでも大切なことで、知ってもらう事に意味がありませんか。第一、私と私の主との間にあるものは、そういったものではないです」
「そういう感情じゃなくても、お前の真ん中には俺じゃない誰かがいる。意味があるとしても、選ばれないかもしれないものを明かすのは怖いし、不安だ」

ずっと逸らされていた視線がこちらへ向いた。それにほんの少しだけ目を細めて、どうしたものだろうとスヴェンは思った。繋がって分かったものの中に、自分へ向けられる感情が、想いがあった。
それは人で言うならば恋慕のような、けれどそこに伴う苦しい感情も良く伝わっていて、レイワーズはほとんど自分のそれは”失恋”したと考えている。だけどそういった人間の感情になぞらえたもので言うならば、恐らく自分は淡いけれど”初恋”のようなものをしているのだろう。

まだしっかりと自覚すらできていなかった、芽吹き、始まったばかりの恋。自分が一番ではなく、中心ではなく、そういった相手へしてしまったという終わった恋。
さてはて、アンドロイドという人の手で作られ、プログラムを作られた自分達がそんな感情を持つことの否やはともかくとして。

確かに自分の思考プログラムには主が存在し、もう生きてはいないだろう主を、主の家族を未だに求め、追い続ける自分がいることは確かだ。どうしたってまず追うことを優先してしまう。それはそういった仕様だからに他ならない。
つまる所そういったものが彼にとって”自分は一番ではない”と考え至らせるのであれば、きっとこの話はこのままでは平行線だった。たとえスヴェンが主に向ける感情が恋慕でなくても。

で、あるならば?

「わかりました」
「?」
「切ります。私が貴方ではなく”主”を追い求めることがないように」
「はぁっ!?」

レイワーズがひっくり返ったような声を上げたので、それが少しおかしくて。スヴェンは小さく笑みを零した。きゅぃん、と小さな駆動音が耳元と首元辺りから発せられて、設定されていた主の部分を自分で解いていく。

分かってはいたのだ。もう主は、そしてその家族もこの世からいなくなっていて自分がひたすら求めても仕方がないことは。かの惨状を目の当たりにすれば、尚の事。記録が全て消えるわけでもなし、ただ、ずっとずっと彼らを最上の主にし続けていたのは。

……”感情”の面でも彼らが一番だったのだろうけど。あるいは、”主”がいなければ自分はまともに稼働できないことも理由にはあったけれど。

「責任は貴方持ちで」
「勝手に決めんなよ!!」
「じゃあ責任取ってくれないんですか?」
「……………………」

たっぷりとした沈黙の後、仕方ねえな、とコードを引き出したレイワーズに、耳の端子とコードが繋がっている首元の端子カバーを開けて指し示す。耳と繋がっているコードを引き抜いて、ここに、と。

「…………」

かち、と奥深くしっかりとプラグが差し込まれる音。近い距離にいる相手の顔を見上げて、そう、なんて頷いて。先日の乱暴さはないし自分も望んでいるものだから、プログラムを書き換えられるという工程に抵抗感も嫌悪感もなかった。むしろゆっくりと彼の事が書き加えられていく感覚は――なんだか。
レイワーズの手のひらが、服の上から身体に触れる。

「……触る必要あります?」
「ある」

一体どんな意味があるのだか。そう考えはするものの、まぁ、嫌ではないので。
内部に”レイワーズ”が入ってくる感覚、触れてくる手のひらの感覚。それらに陶酔感を覚えながら、ゆっくりと瞼を落とした。

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